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「何かを失う」という学びから得られること

「何かを失う」という学びから得られることは、意外と大きいものかもしれません。

自分が何かを失ったときに、それを得ている人をひがんでしまう人は、逆を言えば、何かを得ている時に、それを得ていない人に対して、優越感を持ちやすいもの。

それは、根本的に「人と比べる」という思想を持っているから。

だからこそ、「何かを失う」という学びを神様から与えられていることもあるかもしれません。

例え何かを失っても、人と自分を比べる人と比べない人では、苦しみに差があるものです。

人と自分を比べてばかりいる人は、自分でさらに自分を不幸にしてしまっているのです。

そこに気付かないと!なんですよね。

表面的なところだけを見て人の「幸せ度」なんて分からないもの。

「あの人の方が幸せでズルい」と思ったところで、実際にその人になったら、幸せでも何でもないかもしれない。

少なくとも、ズルいことをする人、人を傷つけるような人に心の平穏なんてないのだから、ズルい人と比べて、「あの人ばっかり幸せなのは不公平だ」なんて言っていても、自分に見えていないこともたくさんあるものなんですよね。

そんな考え方だから、余計に自分を苦しめていることに気付いた方がいい。

 

人と自分を比べるクセがある人は、自分の人生を生きにくい。

だからこそ、自分の人生にある幸せを感じにくいし、逆に人の幸せにばかり目が行って、ひがんだりする。

「自分だけが不幸ではないんだ」と思ったら、「みんな、色々と頑張って生きているんだ」ということに気付く。

自分よりも恵まれている人の表面的なところばかりを見る癖を直さないと、ずっと劣等感を抱いてしまう。

自分で自分を追い込んでいるんですよね。

この世界は、人それぞれに成長の場を与えられている。

学びのレベルが小学生レベルの人もいれば、大学生、社会人、仙人レベルの人もいる。

自分は自分のテーマを歩んでいくしかないんですよ。

人それぞれ、与えられている「人生のテーマ」が違うのだから、人にひがんだってしょうがない。

それは、小学生に向けて、「どうして覚える漢字は、簡単なものばかりなの?ズルイ!」と怒っているようなもの。

自分は自分の人生を歩んでいきましょうよ。自分の痛みは、自分できちんと癒していきましょうよ。

そうしたとき、成長するし、また道は開けるものだから!

byコラムニスト・ひかり

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