同じ土俵に乗らない、という修行…。

同じ土俵に乗らない、という修行…。

世の中には、心を汚してしまっている人もいます。

劣等感を誤魔化すために人の悪口を言って安心したい人、人を批判して、自分が頭がいいのだと思い込みたい人など、色々な人がいます。

そんな人と同じ土俵に乗って、自分の心を汚す必要はありません。

自分の心はいつでも清々しい人でいた方がいい。

この世の中は、悪口の方が声が大きくなる。それを面白がる人も多い。

でも、そういう人は、基本、幸せではない。だからこそ、自分よりも幸せな人を引きずり降ろして安心しようとする。

・・・いい迷惑ですよね。

この世界には、天国と地獄があると思うんです。

学校で同じクラスであっても、楽しそうに過ごしている人と不幸そうな人がいたように、同じ環境でも、天国と地獄があるんですよね。

自分がどの世界に行くかは、自分次第なんですよね。

人の悪口を心地良いと思っている限りは、その人の居場所は地獄でしょう。

天国は、周りの素敵なところを認め、自分も頑張って成長しようと思うところだから。

逆を言えば、悪口が好きな人には、天国は居心地の悪い場所なんですよ。
だから、どこに行くかは、自分次第なところもあるわけで。

地獄からの叫びを間に受けて、自分も地獄に行く必要はない。

結局、それは自分がどの場所にふさわしい人間かのテストでもあるのだから。

もし悪口を言われたら、「悪口を言うしかできない人なんだな。地獄が好きな人なんだな。可哀想だな」と思えばいい。

そんな人に心の平穏なんてないのだから。

残念な言葉に、自分の平穏を奪われる必要はない。

仮に悪口を言われたとしても、天国にいる人たちであれば、その悪口を言う人の方が残念であることを、きっと見抜けるから。

そういう人に分かってもらえばいい。

みんなに分かってもらう必要はない。

残念な人は相手にしない。
同じ土俵に乗らない。
自ら地獄に墜ちない。

そういう修行なんだと思って、いつでも自分の心は清々しくしていたいものですね。

コラムニスト・ひかり